最高裁判所第一小法廷 昭和62年(行ツ)22号 判決 1990年4月12日
主文
原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
被上告人らの本件訴えを却下する。
訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。
理由
一 本件記録によれば、被上告人らの本件訴えは、京都市建設局長の地位にあった上告人浪江司及び同市建設局建設企画室長の地位にあった上告人杉本昭男が、相謀って、保安林に指定されていた同市所有の土地につき、請負人である横田建設株式会社(以下「横田建設」という。)をして道路建設工事をさせたのは森林法三四条二項に違反する違法な財産の管理に当たり、これによりその原状回復措置として行われた杉苗約一〇〇〇本の植栽の費用相当額七〇万九四〇〇円の損害を同市に与えたものであるとして、同市の住民である被上告人らが、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号の規定に基づき、同市に代位して上告人らに対し右損害の賠償を請求する、というものである。
そこで、職権をもって、被上告人らの本件訴えが適法であるかどうかについて判断する。
法二四二条の二に定める住民訴訟は、地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とし、その対象とされる事項は法二四二条一項に定める事項、すなわち公金の支出、財産の取得・管理・処分、契約の締結・履行、債務その他の義務の負担、公金の賦課・徴収を怠る事実、財産の管理を怠る事実に限られるのであり、右事項はいずれも財務会計上の行為又は事実としての性質を有するものである。
したがって、被上告人らの本件訴えが適法といえるためには、上告人らの行為が財務会計上の行為としての財産管理行為に当たる場合でなければならないので、この点について検討する。
二 原審の確定した事実関係及び本件記録により認められる事実関係の概要は、次のとおりである。
1 京都市は、昭和五五年に京都市北部周辺地域(大見地区)整備基本計画を公表し、同市左京区大原大見地区に市民のレクリエーションのための広域公園を建設するとともに、同区大原小出石町から右公園を経て同区花背大布施町へ至る市道を建設することとした。そして、京都市長職務代理者であった助役は、昭和五六年五月二三日京都市議会の議決を経たうえ、右市道につき路線名を「小出石大布施線」とする延長一万一八四五メートル、幅員八・二メートル(一部四五・五メートル)の路線の認定を行い、道路の区域を決定した。
2 同市建設局においては、右道路の区域に決定された市道予定地の一部である同市所有の同市左京区大原小出石町一一一一番三保安林六九二平方メートルほか二筆の土地(以下「本件土地」という。)を含む土地につき、請負人をして四九六メートルにわたり道路状の形状にする工事を行わせることを計画し、昭和五六年七月二二日ころ、その旨の工事施行決定書の局長欄に上告人浪江司が、技術長欄に上告人杉本昭男がそれぞれ押印して決裁した。右決定書の決定者欄には、京都市長職務代理者であった助役が押印した。そして、同年八月一日の上告人杉本昭男からの要求に基づき、同市理財局において右工事の請負契約に関する入札等の事務手続を行い、請負人を横田建設、請負金額を一億九八〇〇万円、工事期間を昭和五七年三月三一日限りとする工事請負契約決定書に理財局長の決裁印を得て、昭和五六年八月二七日、京都市長職務代理者であった助役名義で横田建設との間に右決定書の内容に沿う工事請負契約(以下「本件契約」という。)が締結された。横田建設は、右契約締結の翌日より直ちに工事の準備に入り、作業手順の立案、工程表の作成、人夫・工具の手配等に約二週間を要したのち、同年九月一一日には現地で雑木の整理を行い、同月一五日ころ建設機械を使用して本件土地につき伐開、除根、切土等の工事を始めた。この間、同月一二日ころ、横田建設から日付空欄の着工届その他の関係書類が京都市建設局建設企画室北部開発課へ提出されたが、その際、同課長は係長を通じ口頭で横田建設に対し本件契約に基づく工事に着手し、進行させてもよい旨を伝えた。
3 ところで、本件土地は農林水産大臣より水源かん養のための保安林に指定されていたが、本件契約に基づく工事の当時、いまだ右指定は解除されていなかった。すなわち、京都市建設局においては、本件土地に対する保安林指定の解除につき、京都府及び農林水産省(林野庁)と事前折衝を行い、昭和五六年四月一〇日ころには、農林水産大臣より京都府知事に対し、京都市北部周辺地域整備事業に保安林を編入することに異存はなく、予め森林法に基づく保安林指定解除の手続をとるようにとの回答がされ、同年六月一日、京都市長は、京都府知事に対し、本件土地ほかについての保安林指定の解除を求める農林水産大臣宛の申請書を提出した。その後、同年七月二三日、京都府京都林務事務所長より森林法三四条一項に基づき本件土地を含む土地につき道路建設のため立木を伐採することの許可を受け、同年八月にはその伐採を完了し、同年九月二日には本件土地に近接する工事影響区域の土地につき同条二項に基づき形質変更の許可を受けた。しかしながら、本件契約に基づく工事を開始した当時には、いまだ本件土地に対する保安林指定解除の告示はなく、同月三〇日に至り、京都府知事から京都市長に対し、農林水産大臣より右指定解除をする予定であるとの通知があった旨の通知があり、同年一〇月二日その旨の告示がされるにとどまった。そして、同月上旬、工事の中止を求める運動が起きたり、被上告人の一人が工事の適法性につき疑問を持つ行動をしたため、上告人らは、相談のうえ北部開発課長をして工事の一時中止を指示させた。その後、昭和五七年二月二三日、京都市長は前記保安林指定解除申請を取り下げ、同月末から三月初めにかけて本件契約に基づく工事の原状回復措置として杉苗約一〇〇〇本が本件土地に植栽され、その費用として七〇万九四〇〇円が支出された。
三 以上の事実関係に基づき上告人らの行為の性質について検討するに、上告人らの行為は、路線が認定され、道路の区域も決定された市道予定地の一部に当たる本件土地を含む土地につき道路状の形状にするため請負人をして道路建設工事を行わせる旨の工事施行決定書に決裁をし、その後、京都市長職務代理者と横田建設との間に締結された本件契約に基づき、横田建設をして本件土地につき道路建設工事を行わせたというものであるから、上告人らの右行為は、市道予定地を道路状の形状にすることにより道路整備計画の円滑な遂行・実現を図るという道路建設行政の見地からする道路行政担当者としての行為(判断)であって、本件土地の森林(保安林)としての財産的価値に着目し、その価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の目的とする財務会計上の財産管理行為には当たらないと解するのが相当である。
してみれば、上告人らの行為は法二四二条の二に定める住民訴訟の対象となる行為とはいえないから、被上告人らの本件訴えは不適法というべきである。そうすると、これと異なり、右訴えが適法であるとの前提のもとに被上告人らの請求を認容した原審及び第一審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものであり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決を破棄して、第一審判決を取り消したうえ、右訴えを却下すべきである。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 四ツ谷巖 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 大堀誠一)